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<座談会・前編>親の認知症が発覚。介護はどうする?家族の役割分担は?

<座談会・前編>親の認知症が発覚。介護はどうする?家族の役割分担は?

公開日:2021年9月30日
※本座談会は、2021年8月3日に開催されたものです。

「もしも、親が認知症になってしまったら…?」そんな不安を感じたことはないでしょうか。認知症は誰にでも起きる可能性があり、家族のくらしも大きな影響を受けます。そこで、認知症の親御さんの介護を経験したことのある3人の楽天シニア会員の方に、リアルな本音を語っていただきました。どのように生活が変わるのか?お金の問題は?家族の負担とは…?前編・後編の2回に分けてご紹介します。

【参加者】飯田さん(仮名)(女性/62歳)お母さまが80代前半で認知症に。弟夫婦、お父さまとともに介護サポートを行っている。現在お母さまは介護施設で生活している。 佐山さん (仮名)(男性/60歳)離れて暮らすお父さまが80代前半で認知症に。毎月1度、千葉の自宅から兵庫の実家に帰り、介護サポートを行っていた。お父さまは3年前に他界。 中川さん (仮名)(男性/70歳)お父さま、お母さまともに80代後半で認知症に。現在2人とも介護施設で生活している。【参加者】飯田さん(仮名)(女性/62歳)お母さまが80代前半で認知症に。弟夫婦、お父さまとともに介護サポートを行っている。現在お母さまは介護施設で生活している。 佐山さん (仮名)(男性/60歳)離れて暮らすお父さまが80代前半で認知症に。毎月1度、千葉の自宅から兵庫の実家に帰り、介護サポートを行っていた。お父さまは3年前に他界。 中川さん (仮名)(男性/70歳)お父さま、お母さまともに80代後半で認知症に。現在2人とも介護施設で生活している。

座談会<前編>では「認知症に気が付いたとき」や「家族での介護の役割分担」「介護施設に入る場合」など、まず直面する問題について、3名の方がどのように経験されてきたのかをご紹介します。それぞれの方が抱えた悩み・トラブル・後悔・乗り越え方など、経験者ならではのリアルな声を聞くことができました。

親の「認知症」に気が付いたのはいつ?

―ご家族が「認知症」だとわかったのはいつですか?認知症と診断されるまでの経緯を教えてください。

飯田さん飯田さん

骨折による入院・通院がきっかけで、認知症とお医者さまから告げられました。

飯田:母が認知症だとはっきりわかったきっかけは、母が転んで大腿骨を骨折したことでした。骨折のために2週間ほど入院することになり、その後、半年近くリハビリ病院に通院したんです。そのリハビリ病院で「認知症が進んでいます」と言われて。そこで母が認知症であることがわかったんです。

―「骨折」が認知症に向き合う大きなきっかけになったと。

飯田:そうです。お医者さまから認知症だとハッキリ言われまして。それまでも日常生活の中で「様子がおかしいな」と感じる場面がないわけではなかったのですが、それを受け入れたくない気持ちもあり、認知症だと考えないようにしていたかもしれません。

―どんな場面で「認知症かも?」と感じたのですか?

飯田:私自身は結婚して実家から出て暮らしていまして、実家には、弟夫婦と両親が一緒に住んでいました。ただ、私も実家から車で5分ほどの近所に住んでいたので、頻繁に会ってはいて、「いつもはできていたことが、できなくなっている」ということに薄々気が付いてはいたんですよね。

―お母さまはどんなことができなくなっていたのでしょうか?

飯田:具体的には…、母は韓国ドラマが好きで毎日ビデオを観ていましたが、あるときなぜかビデオの操作ができなくなりました。私が紙に書いて、教えてあげたんですが……。また、別の日には、「反対文字」を書くことがありました。カタカナの「ト」を書くのに、向きが反対になってしまっていて。こんなことが続いていました。

―お母さまの変化に気が付いて、なにか対応を?

飯田:私自身、当時は体調不良で仕事を辞めた時期でもあって、母のことを考える余裕がありませんでした。母は日常生活がある程度1人でこなせていたこともあったので。でも、今思えばやれることはいろいろあったと思います。例えば、実家からそう遠くない場所に認知症専門の病院があったので連れて行ってあげるとか。「あのとき対応していれば」とか、「私がもっと認知症のことを知っていたら」と悔やむ気持ちもあります。

佐山さん佐山さん

「父の物忘れがひどくなった」と母から聞いたのが始まりでした。

佐山:両親は兵庫県、私は千葉県と、離れた場所に暮らしています。父が認知症だとわかったのは、母から「お父さんの物忘れが激しくなっている」と聞いたことがはじまりでした。当時、父は80歳を過ぎたくらいでしたが、電話で話していても受け答えの言葉が出てこなくなったり、私のことを認識できなくなったりしていました。

中川さん中川さん

父の認知症は脳梗塞がきっかけでした。歩行が不自由になり、症状が進行していきましたね……。

中川:うちは、父と母の両方が認知症になりました。母の方は、飯田さんや佐山さんの親御さんのようにゆるやかに認知症が進んでいました。父の方は、脳梗塞をきっかけに歩行が困難になって、認知症になりました。もともと父はゴルフ好きで、70代半ばでも週に3~4回はゴルフをするほどでしたが、真夏のカンカン照りの日に4日連続ゴルフコンペに参加して、脳梗塞で倒れたんです。

―お父さまが脳梗塞で倒れてから、どのくらいで認知症が発症したのでしょう?

中川:脳梗塞で倒れたあとも、幸い、ちゃんと会話もできましたし、しっかり考えることもできていました。ただ、歩行が不自由になってからゴルフも完全にやめて、1日中、ソファーの上でテレビをみている生活となって、どんどん歩けなくなっていきまして。結果的に、脳梗塞をきっかけに10年の間で認知症が発症し、症状も進行してしまいましたね。

認知症で介護が必要に。家族の役割分担は?

―認知症のお父さま・お母さまをどのようにサポートしたのでしょうか?ご家族での役割分担は?

飯田さん飯田さん

最初は同居していた弟のお嫁さんがメインで。徐々に家族が交代でサポートするようになりました。

飯田:認知症と診断された後、弟夫婦が二世帯住宅で同居していたので、メインで母のサポートをしてくれていたのは弟のお嫁さんです。私は通いながらときどき手伝っていました。ところが、だんだん母の体が不自由になり、介護の負担が増えていきました。「これは大変だぞ」ということで、私も週に数回、定期的に母をお風呂に入れたり、食事の介助をしたり、家族交代でサポートするようになりました。

佐山さん佐山さん

母が父を支える老々介護には限界があり、仕事をしながら毎月遠距離を行き来してサポートしました。

佐山:私は千葉県に住んでいて、実家は兵庫県です。そのため、母が認知症の父の世話をしていて、いわゆる「老々介護」状態でした。ただ、母に介護を任せきりにできないので、当時私は仕事をしていたのですけれども、有給休暇を取得したりしながら、毎月、車で千葉から兵庫の実家に帰って手伝っていました。私には姉もいますが、持病があり物理的なサポートはできないので、実質的には私が1人で介護の手伝いをしていました。

―長距離を移動しての毎月の介護サポート。働きながらだと大変だったのでは……?

佐山:大変でした。しかも、同じタイミングで私の妻の実家でも、義理の父が認知症で介護が必要となりまして……。私たち夫婦は私の実家の兵庫県と妻の実家の岡山県に毎月訪れ、介護サポートをしていました。父は昨年他界しましたが、月の1/3をそれぞれ兵庫県、岡山県、千葉県で過ごしていたので、当時はとにかく大変でしたね。

―義理のお父さまの介護も重なったのですね。それはどのくらいの期間でしたか?

佐山:2、3年ほど、私の実家と妻の実家とへ介護サポートに行く生活が続きました。それから数年後、お世話になっているケアマネージャーさんから「認知症の症状がひどくなってきています」という連絡を受けました。徘徊もあったようで、毎月訪れてサポートするこれまでのやりかたではもうもたないな、と感じました。

中川さん中川さん

両親2人をきょうだい5人でサポートしました。

中川:私も、父と母の2人が認知症でしたので、サポートは楽ではありませんでした。ただ、最初の頃は夫婦2人で暮らせる状態だったんです。父は、歩行が不自由であっても会話もできていましたし、母も毎朝、近所の奥さん方とウォーキングしていて。それに、私は妹が4人いますので、普段の生活は私と妹たちが交代でご飯を作りに行ったりして乗り切っていました。きょうだいの連携がよかったので、私も助かっていました。

介護施設への入所を決断した理由とは?

―デイサービスなどへの通所・介護施設への入所はされましたか?

飯田さん飯田さん

介護施設入所のきっかけは、母と一緒に暮らす父からの「もう体がもたない」のひとことでした。

飯田:家族で交代しながら、母の介護を自宅で1年ほど続けていた頃だったでしょうか……。弟夫婦とともに母と同居している父が「夜、お母さんが頻繁に起きてしまう。もう体がもたない」と言うんです。父も高齢でしたから相当きつかったのだと思います。それがきっかけで介護施設に入所してもらうことになりました。それから6年ほどたった今も、母は施設にいますが健在です。いまは、私たちは面会に行くくらいになりました。

中川さん中川さん

近所の人から「お母さんが外で倒れている」と電話があったことも。母の徘徊が介護施設入所のきっかけになりました。

中川:私もきょうだいも、実家の近くに住んでいたので、最初の頃はきょうだい5人で交代しながらなんとか世話していましたが、徐々に面倒を見るのが大変になってきましたね……。母は85~86歳くらいから徘徊が激しくなりまして、近所の人から「お母さんが倒れている」と電話が来たこともありました。土砂降りの雨の中に倒れている母を見つけたとき、父は家の中にいて母の不在に気が付いていなくて……。両親2人で暮らすのはもう無理だなと思いました。

―それは大変胸が痛む出来事でしたね……。お母さまの徘徊が、施設への入所を検討し始める大きな理由だったと。

中川:そうです。ただ、施設にお世話になるとはいっても、いきなり介護施設へ入所はせず、最初は、食事の準備などをメインで依頼できるお手伝いの方を手配しました。しかし、それだと毎月何十万とお金がかかり費用面での負担が大きかったので、これだとまずい、と。
母の徘徊は続いていましたし、介護施設の方がやはり安心だということで、施設に入ることを具体的に検討することにしました。

―現在、お父さまとお母さまは一緒の施設に入居されているのですか?

中川:いえ、母と父は別々の施設に入居しています。父は亭主関白なところがあるので、一緒にいると、母が委縮してしまって。それにショートステイの時にも、もめごとが起きるんです。ショートステイ先で父が母に怒鳴ったり、あれこれ命令したり。母の認知症はすでに進んでいて対応できないですし、2人一緒は無理だと確信したわけです。

―遠距離で仕事と介護を両立してきた佐山さんですが、介護施設への入居は検討しなかったのですか?

佐山さん佐山さん

介護施設に入所する前に、がんで入院することになりました。

佐山:しばらくは毎月車で自宅と実家を往復する生活が続きましたが、結局、義理の父の介護も重なったこともあって、そんな生活ももう続かなくなりました。最終的に私は55歳で会社を退職しましたね。会社員の頃は、なんとか会社にお願いして時間の融通を効かせてもらったという感じでしたから。

―仕事と介護の両立は難しかったと……。ご退職後は、どのように介護を?

佐山:父にはデイサービスやショートステイを利用してもらいながら、実家で介護を続けていました。結果的に介護施設に入所することはありませんでしたね。入所させなかったというより、病気になってしまって入院していたからです。そのまま病院で亡くなりました。

―認知症が発症したあとに、ご病気も患われたのですね。

佐山:父は、70代に肺がんを患っていましたが、86~87歳頃にその肺がんが再発しまして。そのため肺がんで病院に入院しました。入院すると人と会うことも少なくなってしまって、余計に認知症が進んで行きましたね。

施設選びは大変?ご両親は納得して入所してくれた?

―介護施設を探す、入居する際は大変でしたか?

飯田さん飯田さん

弟のお嫁さんが介護職員だったので、介護施設探しをサポートしてくれました。

飯田:私の場合、実は、弟のお嫁さんがたまたまデイサービスの職員だったので、情報収集や施設探しなど、あまり苦労しませんでした。お嫁さんの勤め先のデイサービスに通わせながら、最終的にはそのデイサービスの施設にグループホームができましたし、スムーズに母をそこの施設に入れてもらうことができました。

佐山さん佐山さん

ケアマネージャーさんや、訪問介護の看護師さんが頼りになりました。

佐山:うちの場合、父は入院生活が長かったので、介護施設には入所しませんでしたが、デイサービスだとかショートステイなどはちょくちょく利用していて、施設選びは、主に私が実家に帰省したときに行っていました。でも、ちょっと施設を見学しただけでは、正直選べなくて……。結局、頼りになったのは、お世話になっているケアマネージャーさんや訪問介護の看護師さん。彼女たちと相談しながら決めました。

―中川さんは、ご両親が別々の施設に入居する必要があったので、探すのも大変だったのでは?

中川さん中川さん

何ヵ所も施設をめぐって、きょうだいの家の中間の距離にある施設に決めました。

中川:きょうだい一緒に施設はいろいろとめぐりましたね。合計で7~8ヵ所は見学に行きましたかね。高級なところは入所に数千万円かかるところもあって、まるで分譲マンションみたいでした。最終的に、きょうだいそれぞれの中間の距離にある施設を2ヵ所決めて、両親に入所してもらうことにしました。

―お父さま・お母さまは施設へ納得して入所されましたか?

飯田さん飯田さん

入所前日は「死にたい」と涙ぐんでいましたが、今は気に入ってくれているようです。

飯田:当初は入所を嫌がって、入所前日に「死にたい」なんて涙ぐんでおりましたね……。今では「ここもなかなかいいところだよ」なんて言っています。今年92歳ですが、今も施設で長生きしてくれています。ちなみに、グループホームは、あまり認知症の症状が悪くなると入れませんので、ギリギリ入れました。今は「要介護4」です。結果的に施設にはすんなり入れましたし、施設のスタッフの方も良い方ばかりで本当に良かったですね。

中川さん中川さん

ショートステイから徐々に慣れてもらいました。

中川:まずはショートステイで徐々に慣れてから施設に入居という流れで進めました。母の方が父より認知症の症状が進んでいたので、母から先に施設に入ってもらい、その次に父に施設に入ってもらいました。母の入所は比較的スムーズだったと思います。夫から離れて1人になり、開放された印象で。先に介護施設に入居していた母は、日々、折り紙や切り絵、書道などをやってわりと楽しんでいたのですが、父親はその状況を知って「そんなところに行けるか!」と言っていまして……。

―お父さまは介護施設への入所を受け入れられなかった?

中川:いえ、当初は抵抗していた父も、結果的には承諾しまして。今はすっかり介護施設に慣れています。父の運動サポートをしてくれているスタッフのことを気に入っていて、施設で一緒にカラオケしたりと、わりと楽しく暮らしているようですよ。

まとめ<前編>

「認知症だ」と最初に気がつくのは一緒に生活している家族であることが一般的かもしれません。しかし、佐山さんのように、骨折の治療先の病院で認知症だとわかったり、中川さんのお父さまのように病気で歩行できなくなり動かなくなったりしたことで発症したなど、発症になかなか気が付けない場合もあるようです。
また、「家族が認知症かもしれない」と思っていても、病院に行って診断を受けるまでには心理的なハードルが高いこともあるようです。

高齢の認知症の親御さんの近くに暮らしているわけではなかったり、仕事を持ちながらの介護になってしまったり、という状況の方も少なくはないでしょう。さらに、中川さんのように両親が2人とも認知症を発症するといったケースも、もはや珍しいことではないかもしれません。3人の方の実体験から、家族が認知症になったときに経験することを、少し窺い知ることができるのではないでしょうか。

座談会<後編>では、「必要となる介護情報の集め方・相談先」「経済的な負担」「相続関連の手続きでの苦労」などのテーマで語っていただきます。

<座談会・後編>認知症の家族を支える現実。お金は?仕事は?相談先は?

座談会にご参加いただいた3人の方は、健康生活応援アプリ【楽天シニア】会員のみなさまです。楽天シニアが気になる方は、ぜひこちらもご覧ください。
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